私の人生劇場

青年期

第30回 「多難な高校生活の始まり」

 1963年前半は新聞やTV、読書を封印して高校受験に集中。試験が終わる日まで「世の中の動き」に対し自分を隔離状態に置いていました。

アルバイト 水道工事.jpg

 合格してからは町なかに出て見つけてきたアルバイト(市役所近くにある水道屋の現場仕事。つるはしをふるっての仕事なので好待遇)をしながら、自宅では半年以上積んでおいた古新聞を1頁1頁めくって国内外のニュースを読む日々を送って入学式を待ちました。眠くなると新聞を顔の上に乗せて夢の中に入ります。新聞のインクの匂いをことの外好んでいたくにおみにとっては至福の日々でした。

 

 そんなのんびりした気分もひとつの新聞記事で吹き飛びます。

 熊本県の一漁村で奇病と噂されていた現象が、奇病ではなく工場排水を原因とする公害であると判明したのです。後に水俣病、国際的にはMINAMATAと知られるようになる災害の因果関係がその年の2月、熊本大学の「水俣奇病研究班」の手によって明らかにされると、一気に世間の目を集めるようになっていました。

 アルバイトの帰りに図書館に寄り、数年前にさかのぼって水俣病の新聞や雑誌の記事を読み漁ります。そこから見えてきたのは、「神武景気」「岩戸景気」と戦後の経済成長に呆(ほお)けて突っ走ってきた〝暴走列車〟から振り落とされた人たちの姿でした。そう。くにおみはそこでまた「矛盾に満ちた汚い大人社会」を見たのです。

 

 毎日の図書館通いは幸運ももたらしてくれました。2年生で同級生となる大親友に初めてそこで会えたのです。会ったと言っても厳密には「見た」と言った方が正確ですが。

「ねえねえ、見て見て」

 同じテーブルに座っていた女子生徒のひとりが隣の女友達に話しかけています。私もそちらに目をやりました。視線の向こうにはスラリとした長身の、同性の私から見ても男前な生徒が立っていました。何(誰)かを探しているようで我々の目の前を2、3回うろうろしていました。

「ヨシヒコくんじゃない。カッコいい!」

 話しかけられた女子生徒が小声で応えました。


 入学後に学校で再度彼を見かけた時、図書館で見た「ヨシヒコくん」であることはすぐに分かりました。

 4月4日に入学式が行われました。

 壇上で岩城留吉校長が発する「質実剛健」「もののふ(武士)の道」「名門校の誇り」「男らしく女らしく」などの時代遅れの叱咤激励に違和感を持ち、くにおみはそれを聞きながらひとり「学校の選択を間違えた」と後悔の念にかられていました。 

 担任は数年前に東京の大学を出たばかりのバリバリの新人体育教師Mです。

「君は中学の体育の成績は抜群なのにほとんど部活動はしていなかったようだね。なぜだ?いい体をしているのにもったいないな。泳ぎはどうだ?水泳部に入らないか?」

 最初の面談でMはそう言い、自分が顧問を務める水泳部への勧誘をしてきました。その物言いに強い抵抗感を持ったくにおみは、ぶっきらぼうに「柔道かラグビーをやろうと思っています」とだけ答えました。

「生徒議会の委員(議員?)をやってくれるか?」

「興味ありません」

「将来の夢は?」

「別にありません」

 かみ合わない会話にMも面倒になったのか、面談はあっけなく終わりました。

 

 そんなだらけた感じでスタートした高校生活でしたが、第一回目の全校朝礼でくにおみは目覚めました。岩城校長が体育館でまた、全生徒を前に口角泡を飛ばす大演説をしたのです。

 その予告だったのでしょう。数日前に、学校側はこれまた大時代な「お触れ」を出しました。お触れの形状、場所についての記憶は定かではなく、本稿を書くために、当時(前後期)の生徒会長、天野茂樹、佐宗公雄両氏とお会いし話を伺いましたが、おふたりともその点については記憶にないとのことでした。当時同校に通っていた友人知人に聞いても、記憶はあいまいでした。 

 私の記憶では、お触れに書かれた禁止・注意事項は、髪型、フォークダンス、皮靴、下駄、腰手ぬぐいについてでした。

 髪型は、男子は丸坊主、女子はおかっぱかお下げ(だったと思います)にしろとのお達し。男子は翌週までに全て丸刈りにして来いとの命令でした。

 5月11日に予定されていた「新入生歓迎フォークダンス」も「中止すべし」と断じていました。

 

 下駄や腰手ぬぐいは、岡崎高校の前身が「愛知二中→岡崎中」の男子校で、当時はまだ〝バンカラ〟の気風が残っており、学生帽をわざと破って古く見せたり、稀に下駄で登校したりする生徒もいました。腰手ぬぐいは便利でしたから私も愛用していましたが、チラホラ見受けられる程度でした。皮靴は贅沢だとのご託宣でした。

 お触れを読んでも、「高校生活の正しいあり様」が理解できない新入生の我々は戸惑うばかりで、どうしたものかと思案投げ首状態でした。(次回につづく)

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