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第29回 「【親バカ日誌不定期号①】広幡小オリンピック」

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 これは先日、小学2年生の息子から届いた運動会への招待状です

 あ、別居しているわけではないですからご心配なく^_^

 

 11月20日に開催された『広幡小オリンピック(超ミニ運動会)』では息子から最高の感動「金メダル」をもらいました。

 それがどんな内容であったかは、文末までの〝お楽しみ〟とさせていただき、先ずはこれまでの息子の生い立ちを書かせていただきます。

 

 息子は2013年に超未熟状態で誕生しました。生命の危機を幾度も経験して、その後も4か月半入院したままでした。入院期間を含めて計630日間酸素治療を受けており、当然のことながら強い行動制限を受けての発育でした。

 そんな運動不足の育ち方の代償は大きく、歩き出すのや発語など、ほぼ全ての面においてその成長は平均値からは〝2周遅れ〟です。

 ですから妻と誓い合ったのは絶対に「他の子と比較しない事」。彼の歩行を安定させて歩幅を少しずつ伸ばしてやる育て方に徹底しようと決意しました。

 歩行が不安定ですから〝当然〟よく転びました。僕は心を鬼にして、もちろん例外はありましたが、「自分で立ち上がろうね」と手を貸さないで自力で立たせるようにしました。それは、体力的な弱さはあっても「心」を強く持てる子になって欲しかったからです。周囲の人たちの目には「冷たい親」と映ったかもしれません。

 自分の子が転ぶのを心穏やかに見られる親などいるはずはありません。彼がバランスを崩すたびに肝を冷やしていました。

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 息子は幾度か、我々の前でこちらが声を出してしまうほどの転び方をしました。床にあったコンクリートブロックの角に顔を打ち付けたことがあります。己が老体に往時を彷彿させる俊敏な動きが戻った(つもり?)私は、この時ばかりは妻と共に彼に駆け寄って助け起こし、傷の確認をしました。泣き叫ぶ幼子の眉毛からまぶたには挫創が確認されます。数日後にはまぶたが殴られたように〝青タン〟で彩られました。傷が癒え内出血も収まり、「あんなこともあって肝を冷やしたね」という思い出になるには相当時間を要しました。

 

 あまりに頻繁に転ぶのでかかりつけのトヨタ記念病院や愛知県三河青い鳥医療療育センター(以下青い鳥)に何度も相談に行きましたが、答えは常に「正常」、「問題なし」との診断。

 計10回近くの診察と検査を経ても問題点はあぶり出されてきませんでした。「またですか?」と言わんばかりの呆れた表情を見せた医師もいました。そう。僕は大切なことは納得しないととことんまで追求します。シツコイのです(笑)。

 直子ママが聴いてきた青い鳥の理学療法士の講演でヒントを得た僕たちは、直接その理学療法士との面談を試みました。システム上それはできない、医師の指示がなければ不可能と最初は言われましたが、〝カケヒキ学の博士号〟を持つ僕は、あーだこーだと言って実現させました。

 そうして行われた3Gを使った検査により、左右の骨格筋量(体幹)のバランスが悪く、それが原因との診断が下されました。それからようやく青い鳥でリハビリを受けられることになったのです。

 

 リハビリに頼るだけでなく、彼に合う「楽しみながらやる方法」をいくつか考えました。自然に背筋を伸ばすようになるから茶道が良いのではと思い本人に聞くと、伝統文化や抹茶好きということもあり「やりた~い」との返事。ある人にお茶の個人教授をお願いしました。

 しかし、その先生は、息子の「教えられたくないモード」に手を焼いたのか、教え方に力が入ってない様子。しかも、何度もスケジュールを変えたりドタキャンしたりと我々には信じられないレヴェルの対応をします。結局「教育上よろしくない。良いお手本にならない」と退会させました。

 「空手をやってみたい」と言うので、体幹強化クラスを持つ空手家に見てもらったこともあります。グループ稽古を見学しましたが、ついていくのに難しそうなので、息子が納得した上で個人レッスンを選択しました。予想以上に素晴らしい指導をしてくださる師範でしたが、息子は「やめたい」と言います。どうやら「教えられること」が苦手な様子。始めて数か月でしたが、すぐに退会しました。

 次に、水泳に興味を示しました。見学・体験をした後入会しましたが、これもやがて難色を示すようになります。しかし、よく話を聞いてみると、水泳そのものが嫌なわけではないと分かったので、「ママやパパと一緒だったら泳ぎたい?」と聞くと、「それだったら楽しそう」との答えが返ってきました。そこで、週一回市営プールに親子で通うようにしました。

 彼の言葉通り、泳ぐと言うよりも「水と戯れる」ことが大好きな彼は、水を怖がったり嫌がったりすることはなく、我流の潜水(基本的に公営プールでは禁止だと思うので注意を受けない程度)や泳ぎを楽しんでいます。基本ができていませんからかなり頻繁に水を飲んで喉を詰まらせますが、ものともせずに息を整えると再びチャレンジする姿に「すごいガッツ。私には無かった」と直子ママは目を丸くします。

 

 「やめたいと言われて、なぜ直ぐに許可するのか」と思われる方も少なくないかと思われます。僕の小さい頃の〝常識〟は「石の上にも3年」で、何事でも3年間は頑張りなさいと言われたものでした。途中でやめれば、三日坊主の汚名を着せられました。当時のジョーシキで計ると、僕も三日坊主に見えたのでしょう。母親からしつこくそう言われて不愉快な思いをしたものです。あまり何度も言われるので、

「僕は冷水摩擦を毎日5年間やったよね。ラジオ英語もほぼ毎日3年やったよね。自主練も週2回2年間やり続けたじゃないか」

 と抗弁したことがあります。

 すると、「ああ、好きなことはね」と言い放たれました。

 そんな経験を持つ僕は、「三日坊主大いに結構」が持論で、親の仕事は子供が本格的に取り組むテーマを見つける手伝いをすることだと信じています。だから当然、教えてくださる方達への礼を失しないよう、その点には留意しつつ、息子の三日坊主ぶりはこれから何年続くか分かりませんが、付き合い続けるつもりです。

 

 履物も考えました。僕らが小さい頃に履いていた草履や下駄はどうかと目を付けました。足の指を鍛えるためです。

 幸いなことに、息子は岡崎市で唯一「鼻緒を挿げ替える(すげかえる)」履物屋『さくらや』さんご夫婦に、孫のように4年以上かわいがられてきました。

 「学校に行かないときは草履を履かないか?」と息子に水を向けると、二人が大好きなとしひとは、「さくらやのぞうりならはきた~い」と鼻緒に指を通しました。ただ、足の指の力が弱いため、すぐにずれてしまいます。そして転びます。それでも何度も何度も履き直す姿がいじらしくて目頭を熱くしたのは一度や二度ではありません。

 そんな思いまでして一年以上履き続けて、息子は今では靴よりも草履が好きな〝変な子〟になりました。当然のことながら指の力もつきました。階段の上り下りも、エレベーターにはなるべく乗らずに階段を使うようにしました。自宅は4階にありますが、体調を崩していたり、重い荷物を持っていたりする時を除き、ほぼ毎回歩いて上り下りします。

 最初は、階段を下りるのが苦手で我々の手や階段の壁を頼りにしていました。7歳の誕生日を過ぎてもそうでした。でも、最近になって自力で上り下りできるようになりました。幸いにして走ることも大好きで、バランスを崩したり転んだりしていますが、それにめげずに直ぐに起き上がってまた走り出す毎日です。

 このようにして進めてきた〝3人4脚〟の「少しずつ成長しようね計画」は紆余曲折いろいろありましたが、周りの方の温かい目もあって、これまでのところ予想以上に順調に進んでいます。

 

 お待たせしました。いよいよ感動の運動会です。

 昨年は徒競走では最下位でした。

 今年はコロナ対策で徒競走などの一般的な競技は行わず、15分間だけの「学年別超ミニ運動会」です。音楽に合わせてのダンス。徒競走の代わりの全員参加型のクラス対抗リレー。それに楽器演奏の演目です。負けず嫌いの息子にとってのメインイヴェントはクラス対抗リレーです。当日の朝は、走ることへの不安を振り払うかのように「絶対に1組は1位になるぞ~!」と張り切って出かけました。

 我々夫婦もスケジュールをやりくりして応援にかけ付けました。学年別に行われるイヴェントですから見学者も入れ替え制です。

 いよいよ2年生の出番がきました。我々の姿を確認して満面の笑顔で小さく手を振る息子の姿に直子ママは最初からウルウル。ミッキーマウスをテーマにしたダンスを、緊張からくるぎこちなさはぬぐえませんが無難に終えました。

 いったん座った後、全員が合図のもと、勢いよくリレーのスタートラインに走り出しました。

 その直後です。息子が蛇行して、後ろから来た男の子と接触。憐れわが子はその衝撃に耐えきれず、激しく転びました。ヴィデオ撮影していたので妻の様子は見えませんでしたが、その心配する表情は容易に想像がつきます。

 転びはしましたが、かなり痛かっただろうに息子はすぐに起き上がり、仲間の後を懸命に追いかけました。その姿はあまりにけなげで、僕も心を激しく揺さぶられました。妻が同じ心境であろうことは疑う余地もありません。

 対抗リレーでは転倒の影響も見せずに見事な(僕たち夫婦にとって)走りで、仲間の足を引っ張ることなくバトンタッチできました。結果は、僅差の2位でしたが、大健闘。力の限り拍手しました。大声で「よくやったあ」と叫びたいのを我慢しました。

 車に乗る前に彼の手足を見ると、先生にやってもらったのでしょう、3か所にバンドエイドが手当てされていました。

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